「政府系ファンドによる買いによって株価が上昇している」というようなニュースを耳にすることがあります。
その国を代表する組織である「政府」と名が付くからには、それなりの大きな資金が動き、その動向が株式市場にも影響することは予想できます。
ソフトバンク・孫正義氏が設立した、10兆円ファンド(ソフトバンク・ビジョン・ファンド)にも中東の政府系ファンドが出資しており、出資額の半分以上を占めるなど、その資産規模の大きさを示す一例と言えます。
では、実際に政府系ファンドとはどのようなものであり、日本株へはどのように関係してくるのでしょうか。
わたしたちが株式投資を行う上で知っておきたい、政府系ファンドに関するこれらの点についてみていくことにしましょう。
1、政府系ファンドとは?
政府系ファンド(SWF=Sovereign Wealth Fund・ソブリン・ウェルス・ファンド)とは、政府が出資して運用を行う投資ファンドの総称です。
原資は主に自国の資源(石油・天然ガスなど)から得られる収入、あるいは自国の外貨準備や財政黒字といった余剰資産であり、将来の年金資金や対外債務の支払い、財政赤字への備えなどを目的として運用されています。
政府系ファンドでは、外貨建資産への分散投資を基本として、国家予算とは別勘定で政府出資の専門機関による運用が行われています。
政府系というと、なんとなくお堅い国債などで運用するようなイメージがあるかもしれませんが、高リターンを求める積極な運用スタンスをとるファンドが多くなっており、株式をはじめとするリスク資産への投資も積極的に行われています。
ただ実際にどのような運用が行われているのか、運用ポートフォリオなどは国家機密となっていることが多く、ほとんどの政府系ファンドでは開示されていません。
2、世界の政府系ファンドの推定運用資産
詳細な運用内容については開示されていない部分も多い政府系ファンドですが、一体どのくらいの資産を運用しているのかは気になるところです。
おおよその規模をイメージしていただくために、世界の主な政府系ファンドの推定運用資産(運用資産1,000億ドル以上)をご紹介します。
ファンド名 | 原資 | 国名 | 設立 | 推定運用資産 (億ドル) |
ノルウェー政府年金基金(GPF) | 原油 | ノルウェー | 1990 | 10746 |
中国投資責任有限公司(CIC) | 非資源 | 中国 | 2007 | 9414 |
アブダビ投資庁(ADID) | 原油 | UAE・アブダビ | 1976 | 6970 |
クウェート投資庁(KIA) | 原油 | クウェート | 1953 | 5920 |
サウジアラビア通貨庁(SAMA) | 原油 | サウジアラビア | 1952 | 5156 |
香港金融管理局(HKMA) | 非資源 | 香港 | 1993 | 5226 |
中国国家外国為替管理局(SAFE) | 非資源 | 中国 | 1997 | 4410 |
シンガポール政府投資公社(GIC) | 非資源 | シンガポール | 1981 | 3900 |
カタール投資庁(QIA) | 原油 ガス |
カタール | 2005 | 3200 |
中国国家社会保障基金(NSSF) | 非資源 | 中国 | 2000 | 2905 |
パブリック・インベストメント・ファンド(PIF) | 原油 | サウジアラビア | 1971 | 3600 |
ドバイ投資公社(ICD) | 非資源 | UAE・ドバイ | 2006 | 2338 |
テマセク(TH) | 非資源 | シンガポール | 1974 | 1970 |
ムバダラ投資公社(MIC) | 原油 | UAE・アブダビ | 2002 | 1250 |
アブダビ投資評議会(ADIC) | 原油 | UAE・アブダビ | 2002 | 2260 |
韓国投資公社(KIC) | 非資源 | 韓国 | 2005 | 1341 |
オーストラリア未来基金 | 非資源 | オーストラリア | 2006 | 1030 |
(出所:SWFI Sovereign Wealth Fund Rankings 2019年2月更新)
3、政府系ファンドが日本の株式市場へ与える影響
(1)日本の株式市場への影響
世界全体の運用資産の約1割を運用する政府系ファンドの資金は、世界の主要市場のひとつである日本にも当然入っています。
最大の政府系ファンドであるノルウェー政府系ファンド(SWF)の資産は1兆ドル(約110兆円)にもなります。
1つのファンドでもこれだけの規模の資産を保有していることから、政府系ファンド全体では、日本の株式市場への影響はさらに大きなものとなります。
ノルウェー政府系ファンドは、2018年終盤に株式2.4兆円を買い増ししたとニュースがありました。
2011年以来プラスのリターンをあげていたファンドも、2018年通期のリターンはマイナス6.1%、4850億ノルウェー・クローネ(約6兆2700億)ということでした。
株式保有高は9.5%減少しています。
世界1位の資金力を持つ政府系ファンドがマイナスということは、2018年の相場は大変難しかったと言えます。
2018年10月~12月(第4四半期)に株式を1850億クローネ買い増しし、資産は株式66.3%、債券30.7%、不動産3%買い増ししています。
保有額が大きかった株式銘柄はマイクロソフト、アップル、アルファベット、債券は、米国債、日本国債、ドイツ国債です。
そして政府系ファンドの運用資産は、その約半数を、石油や天然ガスなど、いわゆるオイルマネーを資金源とするファンドが占めています。
つまり、原油価格が上がればオイルマネーの流入によって株価は押し上げられ、逆に原油価格が下がれば金融市場から資金が引き上げられることにより、株価の下落につながります。
こういった要因もあってか、原油価格と株価の値動きには一定の連動性がみられます。
(2)日本の不動産市場への政府系ファンド参入
前述のノルウェー政府年金基金(GPF)の運用ポートフォリオは、株式65.9%、債券31.6%、不動産2.5%(2017年第3四半期現在)と不動産の占める割合は小さいですが、ノルウェー政府は不動産投資比率の上限を7%と定めており、まだ数兆円規模の投資余力が残されています。
日本の不動産市場への本格的な参入に対し、年間2,000億円規模の資金の用意があると表明しており、不動産市場へも大きく影響を及ぼすようになるのではないかと予想されます。
不動産市場への資金流入は、市場の活性化といったメリットもあります。
しかし、政府系ファンドの運用資産全体の伸びが頭打ちになってきており、不動産へ投資が増えることで、株式や債券への投資が減少する恐れもあります。
特に日本の不動産市場へ投資が拡大すれば、地域分散の観点から日本株への投資比率が下げられるということも考えられ、そうなれば日本の株式市場にとってはマイナス要因となります。
政府系ファンドの動向は、開示されないことがほとんどでなかなか情報を掴むことは難しいのが実情です。
しかし、今回の不動産市場への参入のような情報が時折報道されることもあるため、日頃からアンテナを張っておくことが大切です。
4、ノルウェー政府系ファンドが石油・ガス関連株の投資先変更
政府系ファンドが多く保有する銘柄は、その動向(オイルマネー系であれば原油価格の動向)によって株価が影響される可能性があり、株価を予想する材料となります。
ノルウェーの財務省は2019年3月8日、ノルウェー政府年金基金が石油、ガス関連株の一部を投資先から外すことを発表しました。
日本の企業はそのうち6社含まれています。
証券コード 5017 富士石油
証券コード 5019 出光興産
証券コード 1605 国際石油開発帝石
証券コード 8097 三愛石油
証券コード 5008 東亜石油
証券コード 1663 K&Oエナジーグループ㈱
5、日本における政府系ファンドの現状は?
現時点では日本には「政府系ファンド」はありません。
ただ日本には約1.26兆ドル(約130兆円・1ドル105円換算・2017年12月末時点・財務省)という巨額の外貨準備があり、政府系ファンドによる運用の余地は十分にあります。
また年金資産の運用を行う「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」は、資産規模ではノルウェー政府年金基金(GPF)を上回り、世界第2位の資産規模を誇るファンドであり、その運用を政府系ファンドにより行うことも考えられます。
2007年頃には、国会議員の中から政府系ファンド設立を求める動きもありました。
しかし国民の資産をリスクにさらすことや、適切な運用が期待できるのかといった反対も根強く、その後の進展はみられず実現には至っていません。
財政赤字の抑制や年金制度の維持といった課題を抱える日本では、今後よりリスクを取った運用も検討すべき状況にあると言えます。
日本における政府系ファンド設立の動きが活発化すれば、金融市場にも大きく影響することから、今後の動向には注意しておきたいところです。
6、さらにくわしく政府系ファンドを知りたい方へオススメの書籍
政府系ファンドが何を考え、どのように行動するのか、そして日本市場にどう影響を及ぼすのか、政府系ファンドの実力・行動・背景・投資戦略などを解説しています。
一時期議論となった日本版・政府系ファンド設立構想の中身についても解説されており、さらにくわしく政府系ファンドを知りたい方へオススメの一冊です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
政府系ファンドの運用資産規模は、世界全体の約1割を占める非常に大きなもので、日本株にもその動向が大きく影響します。
政府系ファンドの大きな資金源となっている原油はシェール革命という変革を迎え、今後政府系ファンドの勢力図や運用スタイルが大きく変わる可能性もあります。
政府系ファンドの動向に今後も注目していきましょう。