この記事では、ソフトバンク・グループの成長戦略を支えるビジョン・ファンドのしくみを中心に、ソフトバンク・グループの現状と今後の見通しについて解説していきます。
1、ソフトバンクの直近の動向
(1)携帯料金値下げへの対応
「携帯料金は4割程度下げる余地がある」という菅官房長官という発言を受け、総務省の有識者会議において始まった携帯料金値下げに向けた議論です。
10月31日にはNTTドコモが、2019年度に年間4000億円規模の料金引き下げを行うと表明しました。
それを受けた翌1日、通信大手3社の株価は暴落。NTTドコモでは14.7%、KDDIは16.1%、ソフトバンクも8.1%下落し、わずか1日で3社あわせて時価総額の3.5兆円が失われるなど、携帯料金の値下げによる通信各社の業績悪化懸念が強まっています。
各社の携帯料金値下げに向けた、今後の対応は現時点で以下のようになっています。
NTTドコモ | 2019年度から「分離プラン」を本格導入し、年間4000億円規模、携帯料金を現在より2〜4割程度引き下げる方針。 |
KDDI(au) | 昨年7月に分離プラン(ピタットプラン)を導入済みであり、携帯料金はすでに平均3割下がっているとして、ドコモに追随はしない方針。 同じタイミングで、2019年10月に携帯事業参入を予定する楽天と携帯電話事業・ネット通販事業における業務提携を発表している。 |
ソフトバンク | 今年9月に分離プランを導入済みであり、携帯料金はすでに25〜30%下がっているとして、ドコモに追随はしない方針。また動画・SNSサービスのデータ通信料が課金されないカウントフリーによって、実質4割の値下げが実現されていると強調。一方格安スマホブランド「ワイモバイル」は、2019年度にも1〜2割程度値下げするとしている。 |
これを見る限り、分離プランでやや出遅れていたNTTドコモが、携帯料金値下げの動きに合わせて分離プラン導入を発表しただけにも思えます。
今後のさらなる値下げ圧力は懸念材料ですが、現時点では、すでに分離プランを導入済みのKDDI、ソフトバンクの業績への影響は限定的と言えるのではないでしょうか。
(2)ソフトバンクの業績(2018年4〜9月の連結業績)
今月5日に開かれたソフトバンクグループの中間決算発表会では、2018年4〜9月の連結業績は、営業利益が前年同期比62%増の1兆4207億円、純利益は718%増の8401億円と発表されました。
営業利益1兆4207億円のうち、ソフトバンク・ビジョン・ファンド(以下、SVF)の評価益が半分に迫る6324億円を占め、その成果があらわれ始めたことが示されました。
今月1日の株価下落が他の2社に比べれば限定的なものとなったことも、ソフトバンクグループが、投資会社として認識されているあらわれと言えます。
2016年にスタートしたSVFの成長ペースは著しく、現在も積極的に投資を進めていることから、その勢いはますます加速していくと予想されます。
出所:ソフトバンクグループ2019年3月期 第2四半期 決算説明会資料
2、ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)とは
ソフトバンク・ビジョン・ファンド(以下、SVF)は、2016年にスタートした10兆円規模のこれまでに例のない規模のベンチャー・キャピタルファンドです。
ソフトバンクグループ孫正義社長が掲げる『(AI)群戦略』のもと、これからの企業の成長を牽引していくと予想されるビジネスモデルやビジョンを持つ、各分野のトップランナー企業へ積極的な出資が行われています。
出所:ソフトバンクグループ2019年3月期 第2四半期 決算説明会資料
ではSVFのビジネスモデルとはどのようなものなのでしょうか。少し詳しく見ていくことにしましょう。
3、ソフトバンク・ビジョン・ファンドのビジネスモデル
(1)全体像
ソフトバンク・ビジョン・ファンド(以下、SVF)は、イギリスに拠点を置くソフトバンクグループの100%子会社「SoftBank Investment Advisers(SBIA) UK」がGP(General Partner=運営管理者)となり、同じく100%子会社である「SBIA US(米国)」 および「SBIA JP(日本)」がSBIA UKに対して投資助言を行うという仕組みとなっています。
そして、ファンドに投資の元手となる1000億米ドル規模の資金を提供するのが、LP(Limited Partner)とばれる投資家です。
ソフトバンクグループ自身もLP投資家となり約280億米ドルを出資するほか、約450億米ドルを出資するサウジアラビアのパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)やアブダビのムバラビ開発公社など、複数の外部投資家からの出資を受けています。
先日発生したサウジアラビア記者殺害事件では、SVF最大の出資額を占めるPIFのチェアマンを務めるサルマン皇太子が関与している疑いが浮上し、SVFへの影響を懸念しソフトバンク株が売られる場面も見られました。
この事件に関して孫社長は遺憾の意を示しながらも、サウジアラビア政府との関係を継続する意思を示し、ファンドへの悪影響については否定しています。
出所:ソフトバンクグループ SoftBank Vision Fund ビジネスモデルと会計処理
(2)ビジネスモデル
SVFのビジネスモデルは、一般的なベンチャー・キャピタルファンド同様、LP投資家から集めた資金を、有望な投資先に投資・運用し、成果をLP投資家に分配するものです(下図参照)。
LP投資家に対する資金提供を求める段階(①)では、出資のコミットメント(契約)を取り付けるにとどまり、まだ資金は動きません。その後有望な投資先候補が見つかった段階でLP投資家に資金拠出を求め(=キャピタルコール)、調達した資金をもとに投資が実行されます(②)。
投資後は株主として投資先の企業に対し業績改善などを働きかけ、配当や株式公開によって得られる利益が最終的にLP投資家へ分配される仕組みとなっています(④)。
出所:ソフトバンクグループ SoftBank Vision Fund ビジネスモデルと会計処理
一般的なベンチャーキャピタルが事業の初期段階、アーリーステージにある企業に投資するケースでは、起業家の資質やビジネスモデル、ビジョンなどの成長性に着目し、数千万円〜数億円程度の比較的少額から出資するケースが大半を占めています。
数百億〜数千億円という規模の投資を行うのは、通常事業が軌道に乗り上場を目前に控えたような企業であり、企業価値(バリュエーション)がある程度正確に評価できる段階(レイターステージ)になってからのことです。
しかしSVFでは孫社長がいけると踏めば、アーリーステージにある企業であっても、数百億単位でいきなり投資してしまうこともあります。
そこが他のベンチャーキャピタルとは一線を画す特徴と言えます。
数千万円の資金をやりくりしている他社を横目に、初めから十分な資金を得られるSVFの投資先企業は、圧倒的なスピードで事業を拡大することができます。
その結果、その分野で他の追随を許さないトップランナー企業となる可能性は格段に高まるのです。
(3)出資コミットメントと投資成果の分配
SVFに出資するLP投資家はClass A(成果分配型)とClass B(固定分配型)の2つのタイプから出資コミットメントを選択し、投資成果はそのタイプに応じて分配される仕組みとなっています(下図参照)。
分配のおおまかな順序は以下の通りです。
① GPであるSBIA UKが報酬を受け取る(成功報酬は運用成果がプラスとなった場合のみ)
② LP投資家(Class B)が投資元本の一定割合の固定報酬(クーポン)を受け取る
③ LP投資家(Class A)が投資成果に応じた分配を受け取る
Class Bは投資成果に関わらず、投資元本に対して一定割合の分配が受けられる債券に近い出資形式で、Class Aは投資成果に応じて分配が変動する株式に近い出資形式です。
出所:ソフトバンクグループ SoftBank Vision Fund ビジネスモデルと会計処理
(4)具体的な分配・ソフトバンクグループへの利益貢献
実際に投資成果がどのような割合で分配が行われるのでしょうか。
ソフトバンクグループの資料で示されている例で確認しておきましょう。
仮条件① 投資成果がプラスの場合 | ||
ファンドのキャピタル・コール | 1,000 | |
(内訳) | SBG(成果分配型) | (300) |
外部投資家(成果分配型) | (300) | |
外部投資家(固定分配型) | (400) | |
ファンドからの投資 | 1,000 | |
投資の当期末公正価値 | 2,200 (投資損益1,200) | |
ファンドの運営費用 | 200 | |
ファンドからGP/SBIA UKへの報酬 | 250 | |
(内訳) | 管理報酬 | (50) |
成功報酬 | (200) | |
固定分配型の当期分配額 | 50 | |
成果分配型の配分割合 | SBG:外部=1:1 |
出所:ソフトバンクグループ SoftBank Vision Fund ビジネスモデルと会計処理
投資額1,000に対して利益1,200が得られた場合、まずはそこからファンドの運営費用200が差し引かれ、残る利益は1,000となり、さらにそこからGP(SBIA UK)へ報酬250(管理報酬50・成果報酬200)が支払われ、残った750がLP投資家へ分配されることになります。
固定分配型のLPに固定報酬50が優先的に分配され、残りの700を配分割合(1対1)に応じて、ソフトバンクグループと成果配分型のLPが350ずつ受け取ることになります。
ファンドの純利益750から外部投資家に帰属する400を営業外費用として差し引き、子会社であるGP(SBIA UK)の純利益250を加えた600が、ソフトバンクグループとしの最終的な(連結)純利益となります。
仮条件② 投資成果がマイナスの場合 | ||
ファンドのキャピタル・コール | 1,000 | |
(内訳) | SBG(成果分配型) | (300) |
外部投資家(成果分配型) | (300) | |
外部投資家(固定分配型) | (400) | |
ファンドからの投資 | 1,000 | |
投資の当期末公正価値 | 800(投資損益▲200) | |
ファンドの運営費用 | 200 | |
ファンドからGP/SBIA UKへの報酬 | 250 | |
(内訳) | 管理報酬 | (50) |
成功報酬 | 0 | |
固定分配型の当期分配額 | 50 | |
成果分配型の配分割合 | SBG:外部=1:1 |
出所:ソフトバンクグループ SoftBank Vision Fund ビジネスモデルと会計処理
投資額1,000に対して損失200が出た場合、ファンドの運営費用200は利益が出た場合と同様、コストとして差し引かれます。
またGP(SBIA UK)の管理報酬50と固定分配型のLPに固定報酬50も運用成果にかかわらず支払われます。
最終的な損失500(ファンド運営費用200+管理報酬50+固定報酬50)は、配分割合(1対1)に応じて、ソフトバンクグループと成果配分型のLPが250ずつ負担することとなります。
ファンドの純利益▲450から外部投資家に帰属する▲200(固定分配型50+成果配分型▲250)を営業外費用として差し引き(純利益にはプラス)、子会社であるGP(SBIA UK)の純利益50を加えた▲200が、ソフトバンクグループとしての最終的な(連結)純利益となります。
出所:ソフトバンクグループ SoftBank Vision Fund ビジネスモデルと会計処理
4、これからのソフトバンクグループについて
(1)群戦略
今年12月に通信事業子会社ソフトバンク株式会社の上場を控えるソフトバンクグループ。
投資会社としての色を強めるソフトバンクグループが、通信事業子会社を「親子上場」するに至った背景には、孫社長が20年前から構想を膨らませてきた「群戦略」の考えがあります。
「群戦略」とは、孫社長が考える300年間成長し続ける企業・組織を築き上げるため方法であり、「ナンバーワンの会社の群れ」をつくるというものです。
とはいえ、そう簡単にナンバーワンの会社を傘下に集めることはできません。
そこであえてブランドの統一はせず、コア以外の企業には持株比率を20~30%に抑えて出資することで、効率的にチーム(群)を組む戦略をとっているのです。
ビジョンを持った優秀な経営者は、自分の会社が買収や社名変更を望まないことも多く、それならば、無理に子会社にしたり社名を変えたりするようなことをせず、出資という形でチームとなるほうが、効率よくナンバーワンの会社を集めやすいというものです。
その最たる成功例ともいえるのが「アリババ」でしょう。
アリババの時価総額は一時50兆円を超え、ソフトバンクグループ(約10兆円)をはるかに上回る規模の会社へと成長。20億円の投資が15兆円の利益をソフトバンクにもたらしました。
(2)戦略的持株会社
群戦略では、ソフトバンクグループが各事業会社をまとめる戦略的持株会社となり、各事業会社は独立であるべきと考える孫社長、通信事業子会社の単独上場は、その一環と言えます。
約10兆円(arm、SVFを除く)を超える有利子負債を抱えるソフトバンクグループ。
借り入れによるレバレッジを最大限に活用し、効率的に利益を上げているという評価の反面、あまりの負債額の大きさには懸念を感じる投資家も少なくありません。
出所:ソフトバンクグループ2019年3月期 第2四半期 決算説明会資料
(3)通信会社と投資会社
通信事業子会社の上場により、ソフトバンクグループが市場から調達するとみられる2兆円ともいわれる資金は、こうした懸念を抑えながらさらなる投資を進めるための目的もあります。
またソフトバンクグループは通信会社と投資会社という2つの側面を持ち、各事業会社の価値を合計したよりも企業価値(株価)が低く見積もられる「コングロマリットディスカウント」の状態になります。
通信事業子会社の上場には、コングロマリットディスカウントの解消といった意図もあるとみられます。
まとめ
「群戦略で“300年の大樹”となり、多くの果実を収穫し続ける」と語る孫社長。
SVFの投資先であるユニコーンは67社あり、それぞれがかつてのヤフーやそれをはるかに上回るポテンシャルを秘めています。
ソフトバンクグループが進める情報革命がわたしたちの生活をどれほど変え、それがどのくらいの利益を生み出していくのか、楽しみでなりません。