量的緩和政策は、政府が推し進める「アベノミクス」3本の矢、その第1の矢である「金融緩和政策」の重要な役割を担う政策です。
日銀による国債やETF(上場投資信託)の買い入れは、市場への影響も大きく、買い入れ状況やその規模には、国内外の市場参加者が注目しています。
株価だけでなく、物価や給与など、わたしたちの日々の生活にも量的緩和は影響してきます。
では、量的緩和とは具体的にはどのようなもので、わたしたちにどのように影響するのでしょうか。
1、「量的緩和」とは?お金を増やして物の価値を上げる
中央銀行(日本銀行)は、経済の安定(物価の安定と雇用の維持)を目的として、金融政策を行っています。
具体的には、物価上昇率を適正な水準に保つため、政策金利(現在は短期金利)や預金準備率(*)の調整、国債などの売買を通して、市場に流通する通貨の量をコントロールしています。
*預金準備率:銀行などの金融機関が、預金の一定割合を日本銀行に預けるもので、法律によって義務付けられている。
景気が悪化し、物価が下がるデフレ状態では、中央銀行は金利や預金準備率を引き下げ、市場から国債を買い上げることによって、市場に流通するお金の量を増やします。
これを金融緩和と言います。
金利が下がると借入コストも下がり、企業が設備投資を増やしたり、個人が住宅ローンで家を買ったりと、消費が拡大します。
お金の流れが良くなることで、企業の業績は向上し、収入の増加・物価上昇へとつながっていきます。
ただ、ご存知の通り日本では長期にわたり低金利状態が続いており、すでに金利はほとんどゼロ(短期金利に至ってはマイナス)という状況にあります。
そのため、従来の金融緩和ではほとんど効果が見込めない状況となっています。
そこで取り入れられているのが「量的緩和」という手法です。
通常の金融緩和では、金利が下がりゼロに近づけば、国債の買い上げ(買いオペ)は終了されます。
しかし、量的緩和ではゼロ金利状態となった後も買いオペが続きます。
これが大きな違いです。
買いオペが続けば、市場に流通するお金は増え続けます。
お金が余るような状況となれば、需要と供給の関係によって相対的にお金の価値が下がります。
結果として、モノの価値(物価)を上げるというのが、量的緩和の狙いです。
2、量的緩和でなぜ株価が上がるのか?
金融緩和・量的緩和には、一般的に株価を引き上げる効果があります。
これは、景気の回復、企業業績の向上に加え、市場に流通する資金量が増え、株式などのリスク資産に資金が流入しやすくなることが、ひとつの要因です。
また、金利の低下や円の流通量が増えることで、為替は円安に進みやすく、輸出企業の業績には追い風となります。
日本では輸出企業の割合が高く、輸出関連企業の株価上昇は、相場全体を引き上げる効果があります。
さらに、アベノミクスによる異次元の量的緩和では、日銀がETFを通して直接的に株を買っています。
買い入れは、株価が下がったタイミングで行われることが多く、直近では、1日約700億円規模(日銀・ETF/J-REIT買入結果)の買い入れが行われています。
相場を大きく動かすような規模ではありませんが、下落時には日銀の買い支えがあるという期待が、他の投資家にとっての安心感となり、株価を下支えする効果をもたらしています。
3、量的緩和政策のメリット・デメリット
量的緩和政策では、景気や物価を引き上げる効果が期待される一方で、想定通りにはならないこともあります。
(1)メリット
①景気の回復
量的緩和によって流通するお金が増えれば、投資や消費にお金が回るようになります。
これによって企業業績が向上すれば、給料にも反映され、さらなる消費が拡大するというサイクルが生まれます。
その結果、景気の回復へとつながっていきます。
② 物価の上昇(デフレ脱却)
量的緩和によって消費が拡大したり、相対的なお金の価値が低下すれば、物価が上昇していくインフレ状態になります。
モノが安く買えるようになるデフレの何が悪いのか、それは企業や個人がお金を使うことを控えるようになることです。
将来に向かってモノの値段が下がっていくデフレ状態では、相対的にお金の価値は上がっていきます。
それならモノをなるべく買わず、お金はとっておこうとなるのです。
しかしそれでは消費が縮小していき、企業業績は悪化、給料は減るという悪循環を招くことになります。
これは、経済にとって好ましい状態とは言えません。
一方、インフレ状態では、お金を貯め込んでいても価値は目減りしてしまうため、お金が消費や投資に向かいます。
それによって企業業績は向上し、給料も増えていくことで、人々が安心してお金を使えるようになります。
お金が回っていくようになることで、経済や景気の拡大へとつながっていきます。
③ 円安効果
流通する通貨量が増え、金利が下がれば、相対的に日本円の価値が下がります。
その結果円安となり、輸出品の価格競争力は高まります。
これは輸出企業の多い日本経済にとっては追い風となります。
④ 低金利
量的緩和を含めた金融緩和全体として、金利が低下し、借入コストが下がるというメリットがあります。
これにより企業は借入れを増やし、設備投資や研究開発を進めることができます。
個人でも住宅ローン金利の低下などの恩恵があり、住宅関連をはじめ、様々な分野で消費を押し上げる効果があります。
(2)デメリット
① 緩和マネーが滞るリスク
日銀は量的緩和によって、市場に資金を大量に供給しています。
この資金がうまく投資や消費に使われれば、お金が回り始め景気回復へとつながっていきます。
しかし、一時的にお金が入ってきても、金融機関、企業、個人それぞれが、お金を使うことに慎重になれば、この緩和マネーは滞ってしまいます。
長年にわたる景気低迷により、デフレマインドが浸透してしまった日本では、これは大きな課題と言えます。
② 過度のインフレ・バブルの懸念
量的緩和によって、市場に資金が溢れるようになると、想定以上に物価が上がってしまうリスクもあります。
過度のインフレは、バブルやハイパーインフレといった、深刻な問題を引き起こし、経済に深刻なダメージを与えることになりかねません。
低金利と相まって、不動産価格などは特にバブル状態になりやすく、注意が必要だと言えます。
③ 量的緩和を終わらせる難しさ
量的緩和は目標とする物価上昇率に達すれば終了されます。
しかし、出口戦略と言われるそのタイミングの見極めは、なかなか難しいものです。
終了するのが早すぎれば効果が十分に現れなかったり、遅すぎればインフレが行き過ぎたりする可能性もあります。
また、思ったように効果が現れない場合、いつまで量的緩和を続けるのか。
資産を買い入れるにも限度があります。
さらに、買い入れた資産をどうするのかという問題もあります。
国債であれば満期まで保有していれば良いですが、ETFやREITには満期がありません。
リスク資産であるETFやREITを大量に保有し続けるのか、売却するにしても、現状で20兆円以上にまで膨らんだ資産を売却するとなれば、市場への影響も考えなければなりません。
4、量的緩和政策とアベノミクス
(1)異次元の量的緩和
アベノミクスでは、景気回復に向けデフレマインドを払拭するため、大胆な金融緩和を行うことを「第1の矢」として掲げられました。
そして、従来から行われてきたゼロ金利政策に加え、これまでに例のない異次元の量的緩和が実施されています。
これまでも日銀は長年にわたり、デフレを脱却し、物価を上昇させるための金融緩和をおこなってきました。
しかし、物価が上がり過ぎればバブルとなる可能性もあります。
過去にバブルの苦い経験を持つ日銀は、金融緩和でアクセルを踏みながら、慎重になりすぎて、ギアはニュートラルになっているような状態でした。
アベノミクスによる量的金融緩和では、やれることはすべて行うという”大胆な”姿勢を示し、ギアをしっかりとドライブに入れた状態でアクセルを踏み出しました。
年間80兆円規模での国債買い入れに加え、リスク資産(ETF・REIT)も買い入れ対象とするなど、これまでに例のない、まさに異次元の量的緩和が実施されています。
(2)日銀の量的金融緩和政策
2019年1月23日の金融政策決定会合で日銀は、2%の物価安定目標の実現を持続し、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続するという方針を示しています。
2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。
消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、マネタリーべースの拡大方針を継続する(参考:2018年6月15日金融政策決定会合)。
『短期政策金利をマイナス0.1%、長期金利(10年物国債金利)をゼロ%程度に操作』
【資産の買入れ方針】
- 長期国債:保有残高が年80兆円増加するペースをめどに買い入れ
- ETF(上場投資信託):保有残高が年約6兆円増加するペースをめどに買い入れ
- REIT(不動産投資信託):保有残高が年900億円増加するペースをめどに買い入れ
2019年1月23日 当面の金融政策運営について
5、アベノミクス終焉?2019年今後の量的緩和政策の問題点
マイナス金利の導入から3年、そして異次元緩和導入からも6年が経ちました。
2019年1月23日の日銀金融政策決定会合で黒田日銀総裁は「物価は2%に向けて上昇していく」と発言しています。
国債の大規模購入の長期化、また保有残高が20兆円を超え、買い増しを続けるETFやREITを、今後どうするのでしょうか。
買い入れをやめ、売却すれば、株価を下押し要因となりますが、このままリスク資産の買い入れを続けることには批判的な意見もあります。
また、やれることをすべてやっているという現状のなかで、もし金融危機などが起これば、どうなってしまうのでしょうか。
手詰まりとなってしまうのではないかという不安もあります。
いままでは、企業業績は好調に推移していますが、2018年後半は企業業績に陰りが見え始めました。
アベノミクス、量的緩和の下支えが外れたらどうなるでしょうか。
実体が伴わず株価が押し上げられている銘柄は、値下がりリスクも大きくなります。
それを踏まえた上で、銘柄を見極めることが必要です。
6、量的緩和についてさらに詳しく知りたい方へオススメの2冊
(1)異次元緩和の終焉
日銀の巨額損失、債務超過と財政の破綻。金融緩和からの脱却はなぜ困難なのか?
日本経済の根幹を揺るがしかねない異次元緩和の問題について、徹底的に分析した一冊です。
インフレ目標に囚われることなく、できる限り早く異常な政策から脱却することが、
経済と市場の混乱を最小限にとどめるために必要だと説きます。
(2)異次元緩和の真実
2012年から5年間、日銀審議委員を務めた著者が語ります。
自身が展開した主張、提案に基づいて現行政策の問題に焦点をあて、異次元緩和の出口戦略を説いた一冊です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
異次元の量的緩和政策は、株価の上昇や雇用の拡大など、一見成果をあげているように思えます。
しかし、2%の物価目標は依然達成するメドは立たず、日銀の抱える大量の国債やETFは市場に歪みを生んでいます。
これまで前例のない緩和策ゆえ、それをいつ終わらせるのか、どのように終わらせるのか、出口戦略についても答えは見えていません。
量的緩和による恩恵を受けながらも、常にリスクを意識し、楽観的になりすぎないようにしましょう。