「ヘッジファンド」と聞くと、どのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。「ハイリスク・ハイリターン」と答える人は多いかもしれません。
しかし、もともとの意味や実際のパフォーマンスを調べてみると、意外なことがわかります。
1、ヘッジファンドとは
「ヘッジファンド」の明確な定義はありません。
「ヘッジ」とは回避することです。言葉の意味としては「回避するプロ投資家」になります。
では何を避けるのでしょうか。それはパフォーマンスにもっとも重要な影響を与える「市場リスク」です。
別の言い方をすれば、市場の動向に左右されない絶対リターンを追求するのがヘッジファンドと言えます。
日常生活においてリスクとは「危険性」というような意味で使われますが、資産運用の世界では少し違います。価格の変動率のことを指すのです。
市場リスクを低減するためには、複数の資産を同時に持つポートフォリオ運用がよく使われます。
簡単にいうと、価格の動きが異なるさまざまな商品を持つことで、手持ち資産全体の変動を抑えることができるというものです。
こうすることでリスクに対するリターンの割合を高められることがわかっていますが、やはり市場リスクを完全になくすことは難しいものです。
現代ポートフォリオ理論は、1952年にマーコビッツが発表した平均分散モデルがもとになっています。
しかしヘッジファンドの誕生はそれよりも先でした。セバスチャン・マラビー著「ヘッジファンド」(三木俊哉訳、楽工社)によると、最初のヘッジファンドが生まれたのは1949年。アメリカのアルフレッド・ウィンスロー・ジョーンズによるものだったと言います。
ジョーンズはポートフォリオ理論が産声を上げるよりも早く、リスクを最大限ヘッジすることを考えていたのです。
ここから金融業界の猛者たちが活躍し始めます。
ヘッジファンドの特徴は他の一般的なファンドと比べるとよくわかります。
通常の投資信託はインデックスファンドとアクティブファンドとに大別されます。両者にとってベンチマークとなるのは市場平均です。
前者はパフォーマンスを株価指数と一致させることを目指し、後者はそれを相対的に上回ろうとします。
株価指数は市場全体の動きを反映したものです。
これに一致させることを目指すインデックスファンドは、市場リスクをほとんどそのまま受けることになります。
市場の影響を受けるのはアクティブファンドも同じです。
市場全体が大きく下がった場合、下げ幅がそれよりも小さければ「よし」ということになります。
例えば一年で株価指数が20%下がったとき、同じ時期に基準価額が10%下がったアクティブファンドは「成功」ということになるのです。
ヘッジファンドはこのような相対リターンの追求を良しとしません。
株価指数の変動が20%の上昇だろうが50%の下降だろうが、投資家に利益をもたらそうとします。
いついかなるときも最大限の利益を追求するファンドがヘッジファンドなのです。
2、ヘッジファンドのリスク
もちろんヘッジファンドにもリスクはあります。特に大きいのはレバレッジ運用です。
1990年代、あるヘッジファンドの破綻が人々に衝撃を与えました。
ノーベル賞受賞者やFRB元議長などの著名人を擁して「ドリームチーム」とうたわれたLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)です。
このファンドは数十倍のレバレッジをかけていたと言います。
多額の出資を受けたうえ、金融機関からの借り入れや債券発行による資金調達でさらにその何倍もの資金を運用し、この仕組はテコの原理になぞらえてレバレッジと呼ばれます。
成功すれば大きなリターンを生みますが、一度ボタンを掛け違えると奈落の底へ落ちるといっても過言ではありません。
破綻の直接的な原因のすべてがレバレッジだったとはいえませんが、大きく影響したのは事実でしょう。
ただ日本銀行が2005年に発表した「ヘッジファンドを巡る最近の動向」によると、「投資家サイドのリスク管理意識が強まる中、過大なレバレッジをかけるファンドは投資家から敬遠される傾向があり、実際にファンドのレバレッジ水準は低下傾向にあるとも言われている」とあります。
リーマンショック以降、低下傾向はさらに強まっているはずです。
運用方法によってはレバレッジの有る無しにかかわらず、リスクをかなり低くすることができます。
植頭隆道著『ヘッジファンド×海外不動産で組む 鉄壁の資産防衛ポートフォリオ』によると、「『マーケット・ニュートラル戦略』などは公募投資信託の一部よりもローリスクな商品といってもいい」。大きなレバレッジをかけてハイリターンを追求するヘッジファンドがすべてではないのです。
もちろん市場に左右されない反面、個別の運用リスクはそれなりにあります。
例えば、もっとも代表的な手法である株式ロング・アンド・ショート戦略です。
ヘッジファンド創始者のジョーンズが採用したこともあり、ヘッジファンドの代名詞的な戦略となっています。
有望な株を買い、そうでない株を空売りする手法なのですが、ファンドに企業を見極める力がなければよいパフォーマンスを得ることは難しいでしょう。
投資家にとってヘッジファンド特有のリスクは、流動性リスクです。
解約できるタイミングは年に1回から数回というファンドが多く、投資家はその数週間前までに申し出なければなりません。
例えば返金される日が6月末と12月末、それぞれ45日前までに申し込みが必要という規約の場合、早く現金を手に入れたい投資家は5月15日までに申し出れば、6月末にお金を受け取ることができます。
それ以降は11月15日までに手続きし、12月末に受け取るのが最短です。
証券会社を通じて投資信託を購入する場合は、基本的にいつでも申し出ることができ、その3~5営業日くらいに現金が受け渡されます。
多少行き当たりばったりでも問題ないでしょう。一方、ヘッジファンドの解約は計画的に行う必要があります。
なぜこのような規約があるのかというと、資産を効率的に運用するためです。
解約した投資家のための資金集めに奔走することは、ファンドに余計な負担をかけます。
ヘッジファンドへの投資は、「常に手元に置いておきたいお金」と「投資に充てるお金」のバランスをよく考えて行いたいところです。
3、リスクを上回るリターン
絶対収益を目標にするヘッジファンドのパフォーマンスはどれくらいなのでしょうか。これを知るためにはリスク(変動率)に対するリターン(収益)の割合を見てみると良いでしょう。
表は日興リサーチセンターの「ヘッジファンド概況」より、戦略別の月次パフォーマンスを3年分並べたものです。
(1)表1<2015年5月~2016年4月>
(2)表2<2016年5月~2017年4月>
(3)表3<2017年5月~2018年4月>
画像出典:いずれも日興リサーチセンター「日興リサーチレビュー ヘッジファンド概況」
特筆すべきは各1年間の運用におけるリスクの低さです。
いずれの戦略も表の一番下に記載されているTOPIXをはるかに下回り、2%台が最多となっています。
直近の表3を見ると、リスクに対するリターンの割合が優れていることがよくわかるでしょう。
上昇相場のもとTOPIXは2倍強になっているのに対し、ヘッジファンドの中には3倍近くのものも散見されます。
ヘッジファンドはリスキーな運用をするイメージがあるかもしれません。なぜでしょうか。
経済ニュースで「ヘッジファンドの売りが市場を動かした」などというのを耳にしているせいかもしれません。
しかし実際には、低リスクかつ高効率な運用をしているのです。
ヘッジファンドは「ヘッジ」という名前が表しているとおり、リスクを回避した安定的な取引を目指していると言えます。
4、ヘッジファンドで利益を上げるには?
表2と表3を見て、TOPIXのリターンが飛び抜けて大きいことに目を奪われる人もいるでしょう。
しかし投資は増やすことよりも、むしろ減らさないことの方が重要だということを忘れてはいけません。
損失を取り戻すには倍の時間がかかるからです。
例えば基準価額が20%減ったら、翌年に元の価格へ戻すためには20%のリターンでは足りません。
パフォーマンスは足し算引き算ではなく、掛け算で計算するのです。
長期的に見ると、価格が激しく上下する高リスクな運用よりも、安定して少しずつ増えて行ったほうが最終的な利益は大きくなりやすいと言えます。
いわゆる複利効果です。リスクに対するリターンの割合がファンドの優秀さを表すというのは、そのような意味も含んでいます。
ヘッジファンドの正しい使い方は、ハイリスク・ハイリターンを狙った短期的なギャンブルじみた投機ではなく、長期的な運用と言えます。
アベノミクス相場のような上昇相場においては、市場平均と比較して一喜一憂することなく、マイペースを貫くのが良いでしょう。
客観性を損なわない限りにおいて、自分の判断を信じて投資を継続することです。
このような運用をすれば、流動性リスクもそれほど気にならないでしょう。
いくつかのヘッジファンドに分散投資するポートフォリオ運用もおすすめです。
上記の表には載っていませんが、ヘッジファンドに投資するヘッジファンドである「ファンド・オブ・ファンズ」は他の戦略と比べても安定的なパフォーマンスをあげる傾向にあります。
もう一つ上記の表に記載されていない戦略として特筆すべきは、アクティビスト・ファンドです。
投資先は株式で、基本的に空売りはしません。買った株式の議決権を行使するなどして、積極的に経営陣へ働きかけます。銘柄をただ売買しているだけでは市場リスクの影響を受けやすいのですが、コントロールできる部分があるのでパフォーマンスの安定化につながります。
このように戦略的に負けにくいファンドを選ぶのもコツです。
一度ヘッジファンドに投資したら、腰を据えて長期で運用するのが良いと言えます。
そのためにも投資先をじっくり吟味してください。
5、おすすめ投資先
日本国内で、それも比較的オープンで少額から投資できるリスクをヘッジしている投資会社となると数が限られてきます。そのうち3つを紹介します。
(1)投資会社Japan Act
Japan Actは、日本国内に上場している企業を主な投資対象として、バリュー/アクティビスト投資を行っている投資会社です。本来の企業価値と現在の市場価格との乖離に注目し、対話を重視した積極的な経営への関与によって企業価値・株主価値向上を図り、リターンの最大化を目指しています。
2019年6月には、Japan Actの主要投資先であり大株主でもあるサンエー化研に対し、株主提案を行っていて、今後の動向に一層注目が集まっています。
(2)株式会社ウィズ・パートナーズ
運用するウィズ・ロック・グローバル・マクロ・インベストメント・ファンドは、日本で唯一のグローバル・マクロ戦略をとるヘッジファンドとうたっています。
香港にも拠点を持ち、世界に通用する高い技術を持った日本企業への投資も行っています。
(3)AR国内バリュー株式ファンド(アセットマネジメントONE)
実はヘッジファンドの中には、投資信託として公募されているものもあります。
通称サムライファンドと名付けられたこのファンドもその一つです。
2012年に設定されて以来、基準価額は安定的に伸びています。多くの証券会社で買付手数料が無料、信託報酬も1.3%程度と、コストが安いのも特徴です。
(リンクはモーニングスター)
まとめ
ヘッジファンドの「ヘッジ」とは、市場リスクの回避を指しています。
実際の運用も市場平均と比べて低リスクかつ高効率であり、長期運用に向いた投資先です。
中でもヘッジファンドに投資するファンド・オブ・ファンズや、投資先に積極的に関与するアクティビストは安定性が高いと言えます。
よく吟味して信頼できるファンドを見つけてください。